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Casper

ペガサスと夢想の果て


『死神』と呼ばれる狩り屋がダウンタウンに入っていると電話で知人から聞かされたのは、まだ暑さの残る九月の半ば頃だったと思う。ちょうどその時テレビが点いていた。画面越しに映し出されたのはダウンタウンの南端部に位置する漁港の倉庫。数百メートルに渡りずらりと並ぶその列の東側、そのさらに端の一角で、成人男性の変死体が発見されたと、アナウンサーが険しい表情で伝えていたのを覚えている。昼のワイドショーは放送内容を一部変更し、この事件についての考察を犯罪心理学者やら元県警がそれぞれ意見を述べていた。ただどの意見もプロが見てきた数々の事件の中から導きだされた、ある種の模範解答のようなものばかりで、どうも俺にはしっくりこなかった。報道では現段階での犯人に繋がる有力な証拠が得られていないと言っていたが、知人曰くそれは違うようで、警察側が報道規制をかけているらしい、と。なぜ警察側が証拠を報道をしないのか、規制をかけることに実はある理由があり、その理由は過ぎ去りし八月七日に起きた未解決の事件に繋がる。

 その未解決事件というのが、ダウンタウンとアップタウンの境界線付近に広がる金融地区に勤める証券会社の重役が殺害された事件だ。発見場所はダウンタウンの中心街の南側。表通りに居酒屋が軒を連ね、裏通りに風俗店の入り乱れた雑居ビルが立ち並ぶ。七日の未明にとある雑居ビルで火災が発生したのがことのはじまりだ。近隣住人の通報から、消火活動までの迅速な対応で周辺への被害は拡大しなかったものの、焼け跡から男性とみられる焼死体が発見された。検死解剖の結果により被害者は証券会社の重役だと判明し、一時的にニュースで話題となった。さて、ここからはよく見る光景だ。被害者の知人に同僚、部下、近隣住人への取材でいかにその人物が殺害される理由がないことを伝えるかのようなニュースの数々。毎日毎日テレビを付ければ必ず耳にする、犯人の動機とは一体なんなのだろうかというナレーション。警察の調査内容も最初は進展ごとに犯人逮捕への兆しになるかと思いきや、一ヶ月が過ぎようとしてるころにはもう、そのニュースはテレビの中から姿を消してしまった。いつの時代もニュースとトレンドは常に入れ替わりが激しい。

 事件の進展が望めないまま、二件目の事件が起きた。追うように被害者男性の生前の写真が後日報道された。ダイビングスクールのインストラクターだったらしく、浅黒い肌と白い歯でなんとも絵に描いたような二枚目の男性だった。しかしながら「はじめまして」の顔ではなかった。ここだけの話だが、被害者はどちらも裏界隈で名の知られた人物たちだった。一人目は汚職という点で(知ってか知らずかは分からないがワイドショーはこの情報を流していない)。二人目は数年前に女子中学生へ手を出したと、強制わいせつ罪で逮捕されているが、大御所である親の加護のお陰かコネか、はたまたみんなが大好きなアレかは分からないが、実刑が短くすぐに娑婆に出てくることができた人物だ。どちらも人から聞いた内容で詳しくは知らないが、悪事を働いた者に訪れるであろう当然の報いが、なんとも残酷で悲劇的な形で起こってしまっただけのことにも思えてしまう。きっと彼らはその場所へ赴かなければそこが墓場になることなんてなかったのだろうが、そうもいかない理由があったのだろう。単なる憶測でしかないけど。

 この二つの事件を繋ぐのは、証拠品として回収された黒い封筒だ。どちらも被害者の自宅で発見されている。中には黒地に銀色の箔押しが施された豪華な招待状が一枚と、指定のドレスコードと場所、時間が書かれただけの手紙が一通、入っているそうだ。書かれた場所が二件とも犯行現場と一致すること、繊維の分析解結果から着用していた衣類がそれぞれ判明し、指定のドレスコードと一致したことで、この手紙が犯人から送られたものであることが確定した。どうやらこの黒い封筒、聞いた話によれば狩るターゲットの自宅宛に、接触する日の二週間前に送られてくるらしい。ただ警察がこれを公表したがらないのは、連続殺人と断定するまでの結論に至っていない為だと知人は言った。

「俺たち裏の業者から見たら、制裁に近いけどな。今の司法制度で裁き切れない人間を奴らが裁いている」

「奴らって、グループなのか」

「ああ、五人で動いてる。同じ思想の元でな」

 元々はアップタウンを活動拠点に構えている業者らしい。母体はそのまま留まり、その中でも特別な訓練と能力を兼ね添えた人材で構成した子グループを南下させ、汚職者を狩っているそうだ。

「……なんで『死神』って呼ばれてると思う?」

「さあ、どうして」

「神は死んだ、とニーチェは言った。それは人間の不幸と、この超越した文明、時代が生んだ混沌によってもたされたものさ。神という道を示す存在は今の時代じゃあただの偶像でしかない。信じないものもいる。神になろうとした人間はその力を制御できずに暴走した、それが今から半世紀前の崩壊期の話だ。復興の道を辿っているこの上下の街で、自分だけいい思いをしようと謀る奴らを制裁する__社会的に死んだはずの神が、違う形で人々を導こうとしている、とな」」

「それは犯罪を正当化しているようにも聞こえるんだが……」

「確かにな。ただ、会って話してみると普通の人間だぞ、なかなか面白い」

「……は?」

 俺は自分の耳を疑った。会って話したってどういうことだ。お前はふざけてんのか。

「だってよ、そもそも話の流れからしておかしいと思わないのか。警察すら把握できていないことをなんで俺が知ってるのかって」

 確かに。

「実はあることがきっかけでコンタクトを取ったんだ。向こうも最初は警戒してたが、害が無いとわかったら友好的に振る舞ってくれる」

 なんだそれ。

「というわけで、そのあることについてお前が関わってくるから一度会ってくれ」

 だから、なんなんだよ、それ。

 なぜか俺の知らないところで重大な話が進められていることと、その話が今巷を恐怖のどん底に陥れている犯罪グループと交わされていることに狂気すら感じる。いかれてる。いいや、この話の張本人の頭がいかれているのは別に今に始まったことではないが、それでも限度というものがあるだろう。

「ちなみに接触が今月末だから、そろそろ例の手紙が届くと思う」

 なあ、これまでの話の流れから考えてその展開は酷過ぎるでしょ。新手のいじめか。

 沈む俺など余所に「ちゃんと正装してこいな」と、まるで近所の居酒屋にいくときの口約束のような軽さの言葉に、返す言葉もすぐに出て来ないまま、溜め息だけついた。

「なあ、念の為に訊くけど、まさか殺されたりしないだろうな」

 ははは、と受話器の向こう側で笑う知人。

「あの修羅場をくぐってきたくせに何を言ってるんだか」

 こいつのその何でもお見通しな口調は、数年経った今でも若干腹が立つ。

「じゃあな」

 そう言って、あっけなく通話は終わった。受話器の向こう側から聞こえてくる温度の感じられない音を呆然とした面持ちで、理由も無くただなんとなく聞いていた。そしてまるで何かに取り憑かれたかのように受話器を戻し、おもむろに玄関に向かうと、その例の黒い封筒が無造作にコンクリートの床に落ちていた。

「……神は死んだ、ってか」

 俺はその昔、神は死んだと言い放ったニーチェの別の言葉を、亡くなった養父から教えてもらったことがある。「怪物と闘う者は、自らが怪物と化さぬよう心せよ。おまえが長く深淵を覗くならば、深淵もまた等しくおまえを見返すのだ」と。まさかこんな時にこの言葉を改めて思い返すことになるとは__なにか意味があることなのかもしれない。というよりそう思いたいのだ。

 恐るおそる封筒を開け、中を見る。確かに豪華な箔押しの施された招待状だ。両端にペガサスが組み込まれた模様が入っている。別紙の黒い手紙には指定の場所、時間、ドレスコードだが、スーツなんて着ることが無いため持っていない。

「……鈴木さんから貸りよう、靴も」

 二週間後か。

 一体どんな人たちなのだろう、想像がつかない。

 死への恐怖より、何もわからないことと対峙することの方が怖いに決まってるじゃないか。あの野郎、仮面男ならぬ花面男め。

 俺はとりあえず手にしていたその黒い封筒をそばに置いておきたくなくて、そっと本棚の隅に差し込んだ。着ていた部屋着を脱いで、適当にシャツを着て、いつものジャケットを玄関に向かいながら羽織る。財布に携帯、鍵と、本当に必要な物だけ手に取って、ポケットに突っ込んだ。ドアを開けた瞬間、オレンジ色に色付いた西日が視界いっぱいに広がった。スモッグと空気中に漂う塵のせいか、今日の夕日はやけに赤く俺の目に映った。それはどこか歪んだ世界に沈む、お伽噺に出てきそうな赤色の夕日で、今すぐここから離れたい俺の気持ちを逸り立てた。ボロくさいアパートの階段を早足で駆け下り、中心街の方へ向かった。途中、黒いキャペリンハットを被った黒髪の女の子とすれ違ったが、その子が二週間後に対面する相手だとは、当時の俺は知るはずも無かった。

とりあえずこの二人が接触することになるまでの最初の流れだけ書き出してみた……疲れた

読み直したくないけど、後で読み直す、今日は読み直したくない

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